ホーム > 活動・事業内容 > 財団賞受賞者(要旨) > 第27回SOMPO福祉財団賞 文献要旨

第27回SOMPO福祉財団賞 文献要旨

『ケアリングコミュニティの理論 ―社会福祉の新しい地平を拓く地域福祉のメタ理論―』

東北福祉大学総合福祉学部准教授 大石剛史 氏

1.問題の所在、研究の意義・目的

 地域共生社会の理念は、地域福祉の目指すべき方向性としては理解できるが、一方でこの改革が「経済的合理性」の側面から求められていることも否定できない。これからの地域福祉の目指すべき方向性について、その価値的側面、思想的側面、哲学的側面から精緻に検討する必要がある。
 本書は、上記の問題意識に基づき、これからの地域福祉が目指すべき方向性を明らかにするため、「ケアリングコミュニティ」という概念を哲学的に検討することによって、これからの地域福祉の向かうべき方向性を「地域福祉のメタ理論」として明らかにすることを目的とした。

2.研究方法

 研究方法としては、まず「ケアリングコミュニティ」概念自体の先行研究及び、関連概念である、「ケア」、「ケアリング」、「コミュニティ」などについての先行研究の分析を行った。この分析において「ケアリングコミュニティ」概念の現時点での到達点、概念上の課題を明らかした。
 次にケアリングコミュニティ概念を検討する分析枠組みとして、@ケアの倫理、A進化人類学の知見、Bコミュニタリアニズム、C正義の倫理、D経済合理性、E科学的合理性、Fスピリチュアリティ、G討議倫理の8つを検討し、それぞれのケアリングコミュニティ概念における位置づけ、意義、限界を検討した。
 そして、検討した8つの分析枠組みを用いて、この8つの枠組みを組み合わせて形づくられるケアリングコミュニティ概念の実在的構造を検討し、また、コミュニティ・ソーシャルワークの実践過程と関わらせて、理論の実践への適用可能性を検討した。

3.研究結果と考察

 8つの分析枠組みの構造連関から、ケアリングコミュニティとは、単に「ケア」が機能的にコミュニティの中で展開されている状況を指すものではなく、「親密圏」や「公共圏」の中で人間の「生きる意味」や「社会の価値」が、ケアリングを通じて豊かに生成されることが重要だと考察した。そして、そのようなケアリングを通した「社会の豊かな価値の生成を意図的に図っていく場」がケアリングコミュニティと考え、ケアリングコミュニティを次のように定義した。

 ケアリングコミュニティとは、「人」の存在論的本来性である「関心」に基づいて「世界」と関わり、また「身体性」と、遺伝的形質として人類が有している「利他的傾向」を基盤にした「共感」にもとづいて相互にケアし合う(ケアリングする)ことを中核概念として持つコミュニティである。このコミュニティでは、「人」が、「自然」、「他者」、「社会」、「スピリチュアルなもの」との関りを通して、様々なその人自身の、あるいはその人が暮らす「世界」の「意味や価値」を創造する。そして、その「意味や価値」を元に、「公共圏」における熟議に基づいて構築される「システム(正義の倫理)」の力も活用しながら、人々が自らの「実存的意味」をよりよく豊かに生きることができるように、コミュニティの中でお互いに関わり合い、対話や討議を行い、共に成長し合いながら、支え合う実践(ケアリング)を行なう。このような「ケアリング」の展開がさらにコミュニティ内部の「意味や価値」の豊かな創造を促し、それぞれの成員の「実存的意味の深化」と、コミュニティ全体の「意味(価値)の蓄積」を同時に、意図的に図っていく場がケアリングコミュニティである。

 また、この定義を踏まえ、ケアリングコミュニティの5つの機能、@関係形成機能、A意味形成機能、Bシステム形成機能、Cケア形成機能、D主体形成機能を示し、「親密圏」、「公共圏」、「システム」の三層構造におけるケアリングコミュニティのダイナミックな働きを考察した。

4.結論

 本研究の意義は、@地域福祉理論・実践の「メタ理論=目的概念」としてのケアリングコミュニティ概念を提示したこと、A「ケア」、「ケアリング」、「コミュニタリアニズム」、「討議倫理」などの哲学的知見を地域福祉のメタ理論として明確に位置づけたこと、B地域福祉が対象とする「人間」を、「存在論的現象学」の哲学を用いて明確に位置づけたこと、C「意味」や「価値」を生成する場としてケアリングコミュニティを捉えたこと、D「システム」、「科学的合理性」、「経済的合理性」を内に含みながら、それらに還元されない「生活世界」としてケアリングコミュニティを捉えたこと、Eケアリングのプロセス自体を人々の主体形成のプロセスとして捉えたこと、F8つのケアリングコミュニティの分析枠組みの構造的な連関を示したこと、G上記を総合して、包括的な地域福祉実践の哲学(メタ理論)を検討したこと、とまとめることができる。

5.今後の課題

 本書は、これまで地域福祉理論研究において用いられることが少なかった、多様な分野の哲学、倫理学的アプローチ、科学的知見を用いてケアリングコミュニティ概念の検討を行い、社会福祉・地域福祉実践の拠って立つ哲学的基盤を一定提供することができたと考える。
  一方今後の課題として、第一に、実践を行う上では、より実践的な哲学的基盤、思想的基盤が求められるので、実践により資することのできる哲学的知見を今後さらに精緻に検討していく必要性がある。第二に、概念の妥当性を検証するための実証的研究の必要性である。本書で示した理論は、いわばこれからの地域福祉の実践仮説であるといえる。理論を用いた実践を行った際、理論が示す理想が実際に具現化するかは、実証研究の成果を待たなければならない。第三に、これらを踏まえたケアリングコミュニティ構築方法論の検討である。これには実証的研究を踏まえたうえでの検討が必要であるが、理論を具現化するための実践方法論についての研究を深める必要がある。

6.最後に

 本書は2019年度に東北福祉大学大学総合福祉学研究会に提出した博士論文を加筆・修正したものである。ご指導いただいた諸先生方、また出版に向けて粘り強くご支援をいただいた出版元の学文社の皆様に深く感謝申し上げたい。また、本書をお読みいただいた方々からのご意見、ご批判を受け、さらに理論研究を深めていきたいと考えている。